家族の不協和音。生きとし生けるもの、命尽きるまで。

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はまあやです。

少し家族の話をさせてください。

 

2018年3月におじいちゃんが永眠しました。

そして、2019年3月。
一回忌が執り行われました。

 

久しぶりに会ったおばあちゃんはとても小さくなっていました。ほとんど言葉を発せず、一番後ろでひっそりと、存在を消しているかのように佇んでいました。

 

私のおばあちゃんは本当のおばあちゃんではありません。

 

血の繋がりがあるおばあちゃんは、私の母が高校生のときに亡くなりました。当然、私は会えるわけがなく、写真も見たことがありません。

 

その後、おじいちゃんの身の回りのお世話をするという目的で、今のおばあちゃんがやってきた。そう聞いています。

 

私にとってのおばあちゃんは、今のおばあちゃんです。おじいちゃんの家に行くといつも一緒に居て、お茶やお菓子を出してもてなしてくれた人。

 

しかし、母にとっては母ではありません。

多感な時期に母親を亡くし、その後にやってきた人をずっと受け入れられていません。

 

おばあちゃんもまた、みんなを遠ざけていました。

 

親戚で集まっても、1人だけ血がつながっていない。子供からは認められていない。そんな肩身の狭い思いを何十年と過ごしてきて、正常で居続けられるほうが普通じゃないのかもしれません。

 

2人の溝は、埋まることはありませんでした。
それは、もう修復する方法はありません。

 

壊れているんです。おばあちゃんも母も。

 

何十年とおじいちゃんの身の回りのお世話をしてくれた。ずっとそばに寄り添ってくれた。楽しいときも辛いときも。亡くなる寸前まで。

 

母の「ありがとう」の言葉1つで救われたかもしれない。

 

私は何も言えなかった。
今も、何も言えずにいます。

 

10代で母親を亡くした喪失感を、私は知らないから。

 

「高校を卒業するまでは、何があっても死ねない」

母が私に言ってくれた言葉。

それだけ辛く、壮絶だったのだ。

 

おじいちゃんが亡くなって、役目を果たしたおばあちゃんは追い出されるように、おじいちゃんの家から出ていきました。

 

今は、私の両親が住み始めています。

未だに、これで良かったのかどうか分かりません。

 

実家に帰る度に、心がざわつきます。

 

時折、おばあちゃんの悪口を平気で言う両親に、嫌悪感を抱きます。

 

それでも、私はどっちの味方にもなれないし、八方美人になるつもりもない。

 

離れて、失って気づくこともきっとある。

 

1回忌のあと、ひっそりと姿を消すように帰っていったおばあちゃん。

もう二度と、会えない。

 

どうか、残りの人生を自分のために生きてください。

 

忘れることは絶対にありませんから。

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