ひとり暮らしに慣れすぎて、忘れてしまった声の温度があたたかいこと。

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こんばんは!

はまあやです٩( ”ω” )و

アラサー女性のひとり暮らし。

ひとりの時間をきちんと愛せるようになって、大切にできるようになる。
やりたいことや目標があれば、寂しいと思う隙間はないと思っていました。

 

確かにそうですが、

 

ふたりでいる時間を体感してしまうと、ふと、寂しいと感じる夜もやってくることに気がつきました。

 

ひとりでいることに慣れてしまうと、自分は強くなったと思い込んでしまうけれど、こころの隅に置いて忘れているだけで、やっぱり本当は、そっと寄り添ってくれる人を求めているのかもしれません。

 

当たり前になると見えなくなるもの。

朝、目が覚めると、ひとり。

 

誰に挨拶をするでもなく、目覚ましを止めて、ベッドから這い出て、ニュースを見ながら朝食を流し込み、身支度を整え、家を出る。

 

ひとり暮らしをしていると当たり前の日常。

 

長く続けば続くほど、それが普通になって、ひとりで大の字でゆっくり好きなだけ、誰にも文句を言われず寝るのが最高!なんて思います。

 

でも、覚えていますか?

 

朝、目が覚めたときに、「おはよう」と言えることの喜び。

パンやコーヒーの匂いで目が覚めることの幸せ。

まだ起きないの?と耳元で囁く声。

 

誰かがそばにいる環境から長く離れていると、つい、その些細な幸福を忘れてしまいます。静かな朝に麻痺してしまうと思うのです。

 

おかえりもオヤスミもそばで言えたら

どんなに幸せだろう?

(Dear…/西野カナ

私はこのフレーズが大好きです( ˘ω˘ )

 

ひとり暮らしが長いと、ついつい忘れてしまうのですが、あいさつをできる相手がいることは素晴らしいことだと思います。人の温もりを感じることって幸せなことです。

 

「おはよう。眠いね。」とか、「今日もがんばろう!」とか、長い時間過ごせなくても、その一言の威力って絶大。きっと、独身アラサーの胸にいちばん沁みる言葉だと思います。

 

外で戦うことが確実に増えている世代だから、誰かに「がんばったね」って言われて癒されたい。(でも、毎日はいらない!というのが、こじらせアラサーの生態かも笑)

 

 

忘れているほうが楽なのかもしれない。

ひとりでがんばって、ひとりの家に帰って、電気をつけて、たまに自分へのご褒美に、ハーゲンダッツのアイスを食べて、微笑んでみたりする。

 

そんな毎日が普通で、何も失うこともない。

 

いつしか、寂しいと思うことさえなくなっていく。

 

似たような生活を送る友人が何人かいて、そんなものだと日々を過ごしていく。

 

 

そんな生活の中、
気になる異性ができたら、一大事・・・。

 

想いを馳せる相手がいるから、ふと、ひとりが寂しくなる。

 

あの人に会いたいと思う。

声が聞きたいと思う。

なにしてるのかな?とか思う。

触れたいと思う。

 

静寂だった私の生活が~!とか心乱れて、ぐちゃぐちゃになったりします。出来るだけ考えないようにしたりして(笑)違うことに夢中になってみたりしてね。

 

最初の頃って、気になって仕方ないものだと思います。不安になったり、ネガティブな気持ちが続く片想いは、早めに見切りをつけたほうがいいですけどね。(自戒…)

 

でも最後に思うことは、
ひとりより、ふたりがいい。

 

決して、依存せずに、
辛いときにそっと支え合えるパートナーがいたほうがきっと強い。

 

人の体温を感じる度に、その思いが溢れるものだから、たまったもんじゃない。

 

すっかり忘れていたほうが、楽ちんなこともある(笑)

 

ではまた。

 

 

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