人と別れたあとにホッとするのは危険信号。

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はじめまして٩( ”ω” )و

はまあやです。

 

友人とカフェでお茶していて、

解散したあとに、なぜかホッと安堵した経験があります。

 

その子のことは嫌いじゃない、でも早く家に帰りたい。

 

こころのサインを見逃して、苦しんでいませんか?

 

 

相手に合わせることが普通?

友人と会話している間は、楽しんでいるつもりなのに、

「バイバイ。またね。」

見送ったあと、なぜか、ホッとしてしまう・・・

 

ほんの数ヵ月前まで、よくこの状況に陥っていました。

 

拘束されているわけでもないのに、
解放されたかのような安堵。

 

会いたくて会いに行ったはずなのに、なんでだろう?

 

当てはまる人はかなり危険!

 

知らず知らずのうちに、
自分を押し殺してしまっているサインです。

 

嫌われない努力は必要ない

相手が、商談や上司であれば問題ないけれど、もっと仲良くなりたい友達に対しても、ホッとしている自分がいるのなら、今のコミュニケーションを振り返る必要があります。

 

喜んでもらいたい。
好きになってもらいたい。

いい人だと思ってもらいたい。
ごく普通の感情だと思います。

 

大抵の人は人から好意を持たれたいと願います。

 

嫌われたくない。
離れないで欲しい。

 

ネガティブな感情が心に巣食っていると、
自分の感情や言葉をいつしか押し殺してしまいます。

 

これを言ったら嫌われるかもしれない。
反対したら仲間から外されるかもしれない。

 

相手の意見に同意することしかできなくなり、
自分の意見はずっと心に閉じたまま。

 

それで自分の一体、何を知ってもらえるでしょうか?

 

自分に置き換えて考えてみよう

数ヵ月前まで、相手を傷つけないように、気分を害さないように、そういう方向に努力していました。

 

でも、そういう努力をしても、心を許せる友達は出来ませんでした。

 

がんばっても、がんばっても、なぜか遠くに感じていました。

 

きっと、一緒に居て楽しくないからです。

 

余程の鈍感でない限りは、
相手が合わせくれていることは伝わります。

 

会話って、

「私は〇〇な人間です。」

「いや、私は〇〇な人間です。」

 

〇〇に対して、〇〇っていう考え方があるんだとか、人と人の言葉を通して、お互いを知る作業だと思うのです。

 

 

その作業を避けて、人間関係の構築はできません。

 

 

ある日、こんな体験をして気づきました。

 

相手が心を開いた人だと、心を開ける。
気にしていることを相手に指摘されると、
私も相手に指摘できるようになる。

 

その人と一緒にいて、久しぶりに心から笑い、頭ではなく、感情から言葉を発することが出来ました。 もっと一緒にいたい、と心から思えました。

 

「僕だから楽しいんじゃない。今、自分を出せているから楽しいだけ。普段は自分を殺しているから楽しくないんだよ。それだけのこと。 」

 

して欲しいことはまず自分から

自分を理解して欲しい。
見つけて欲しい。
察して欲しい。

 

超能力なんてないから、誰が何を考えているかなんて透視できません。

 

自分という人間を認識して欲しいと望むなら、知ってもらうしかありません。心を自分から開くしかないのです。

 

フィルターを通さずに言葉を発する勇気をまず持つことが大切です。

 

周りは自分の鏡。

 

緊張すれば相手も緊張する。
心を開けば開いてくれる。

 

100人いたら100通りの考え方がある。

 

違う考えや合わない人がいて当然。

 

だからこそ、
同じ価値観の人に出会えたとき、
感動するし、運命を感じる。

 

たくさんの人がいる。
別れがあれば出会いがある。

 

恐れずに、オープンマインドでいたら、
きっと、たくさんの人から愛されると私は思います。

 

 

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