お酒をコミュニケーションツールにしてきた私は、素面で人と向き合う勇気がない。

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はまあやです。

おいしい食事とお酒を飲みながら、人と語らうことが大好きです。

 

思い思いに笑って過ごせる空間は、とても幸せだと思います。「飲みにケーション」という言葉に、大いに納得の人間でした。

 

振り返れば、人とのコミュニケーションの場には、いつもお酒の力がありました。

そして、今年に入り、人と会う機会が増え、お酒の頻度が格段に増えました。

 

「楽しかった」という記憶は確かにあるけれど、相手のことは曖昧にしか覚えていないこともある、、、お酒に飲まれているのかもしれない、、、本気で人と向き合うことから逃げているのかもしれない、、、

 

そんな風にぐるぐると考え始めました。

 

…このブログを書きだしてから、すでにもう3回飲みに出かけてしまった(T_T)

そんな私が、お酒とコミュニケーションについて本気で考えてみました。

 

気持ちを言葉にできる人になりたかった。

自分の意見を言うことが苦手です。

 

「みんながいいなら、私もそれでいい」というタイプで、そこに嘘はないですが、「私はこう思うよ」と話に入っていくことが出来ませんでした。

 

厳密に言うと、ハッキリ言う時代もあったのですが、尖り過ぎていて、はみ出ました(笑)それがなんだか辛くて、周りの様子をうかがうクセがついてしまいました。

 

嫌われることもなければ、特別に好かれることもなく、波風立てず、いわゆる「いい人」と言われることが多かったように思います。

 

昔からコミュニケーションが下手くそなのです。

 

しかし昨年末、自分の人生を見直すきっかけがうまれ、
”今の自分のままではきっと後悔する”
そう強く思い、今までの自分を壊す修行に出ました。

 

様々な人に会いに行き、相手にどう思われるかは考えずに、どんどん飛び込みました。バンジージャンプをするかの如く、後先考えず、飛び込みました。

 

回数を重ねるうちに、自己開示することへの恐怖はなくなり、それと同時に、ありのままの自分の方が、面白がってくれる人が増えました。

 

合わない人とは合わない、
去っていく人は去っていけばいい。

いつしかそんな、雑で適当な考えになっていました。

 

お酒という魔法を使ったその先に。

自己開示できるようになった理由の1つが、お酒の存在です。

 

人とのコミュニケーションには、いつも、お酒がありました。どんな大人数のイベントでも、お酒があれば気後れしませんでした。頭のストッパーが外れて、羞恥心を忘れられるから…。

そうやって、思いのまま、言葉にできることが嬉しかった。
私は変われたんだと信じていました。

 

お互い、無礼講で言いたいことを言い合い、都合の悪いことは、”覚えていない”で通ってしまう。なんとなく、分かり合えた気がする、同じ時間を共有した気がする、意識は曖昧だけれど、なんとなく楽しかった、、、

 

なにかが、少し違う気がする…

 

これで自分の苦手は本当に克服したのだろうか?
目の前の人と、向き合って会話しているのだろうか?

 

久しぶりに会った友人や、古くからの親友は、明るくなった、生き生きしてる、楽しそう、充実してそう、そんな前向きな言葉をたくさん言ってくれます。

確かに、、、

昨年に比べて、それは本当にそうなんだけれど、自分で自分に拍手を送りたいくらいなんだけれど、きっと、お酒という魔法がなければ、根っこはまだ、何にも変わっていないのです。

 

本気で人と向き合うということ。

今の自分の現実を実感した場所が、参加中のコミュニティ「ミレラボ」でのお茶会。

https://twitter.com/annin_book/status/1145652835167531008

丁寧にこころを込めていれてくれたお茶、
上質な空間、
相手と真剣に向き合うという全員の強い意識。

頭がはっきりしていて、
研ぎ澄まされた環境に立ったとき、
自分が丸裸になったような気がして、
一気に緊張が高まります。

お酒の席では、頭が麻痺しているから、言いたいことを言えるというだけなのかもしれない…。お茶会に参加して、ハッとしました。周りの空気ばかりを気にしている自分が、そこにいました。

 

決してお酒が悪いということではなく、お酒はあくまで入り口にすぎないんです。そのもう一歩先に、本当の人とのコミュニケーションがあると思うのです。

 

「自分を表現する」ということも大切ですが、今まで私に足りなかったものは「相手のことを知ろうという意識」のほうでした。

 

”あなたのことをもっと知りたい”

その思いが、人の心を開かせ、コミュニケーションの始まりであるべきなんじゃないかと今は思います。

 

本当に必要なときに、伝えられない。

誰とでも仲良くなることは出来るようになれました。
人から好意を持ってもらえることも、昔に比べて増えました。

しかしその一歩先、
踏み込んだ関係を築くことには、まだ臆病になっています。

好きな人に好きと言えず、あれこれ言い訳や遠回しな表現をして、微妙な距離を保ち、相手の反応をうかがったりして。相手から踏み込んでくるのを待っているかのような振る舞いをしてしまいます。

傷つくの、怖いです。やっぱり。

でも、そこを乗り換えた先にしか、自分が望んだ未来はないんです。

 

私には、まだ覚悟が足りません。

 

でも、気持ちが通じ合わなくて傷つくことよりも、臆病になって、もっと深く繋がれる機会を失うほうが、きっと後悔します。

”お酒がないと話せない”なんてダサい自分からは卒業できるように、まずは目の前の人と、ごまかさないで、きちんと向き合おうと思います。

 

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