こんばんは
はまあやです
最近、嬉しいことが立て続けに起こり、”今までやってきたことは無駄じゃなかった~!”などと調子に乗り、余計なひと言や、若干の上から目線で、身近な人と接してしまっていたかもしれない…と少し反省しました。
歳を重ねるごとに、経験はどんどん増えていくので、このまま行くと、”お節介ばあさん”になる可能性が大なのです。そんな自分を想像し、”絶対に嫌だ!”と我に返り、少し頭を冷やすことにしました。
”相手のため”は誰のためでもなく、自分のエゴ
自分がしてもらって嬉しかったことは、違う誰かにしてあげたいし、自分がして欲しいことは、自分から先にすることを心掛けていました。
しかし、「私がして欲しいこと=相手が望んでいること」ではないんですよね。いくら相手のためだと思った言葉や行動であったとしても、相手の気持ちを害してしまうことも大いにあります。
冷静に、自分に置き換えたら分かる、簡単なこと。
ゴルフを教えてあげようと、いろんな人があれこれ指導してきて頭がパンクした経験もあるし、ライティングに関しても、全ての人のアドバイスを聞いていたら、もう誰を信じたらいいんや状態で混乱してしまいます。
自分の力で模索中の人にとっては、今欲しいものは、助言ではないんですよね。
いろいろ模索した果てには、「自分のこだわりって何やねん?一回捨ててみよか。」みたいなところに行き着いて、素直になれるわけですけど…。
必死にもがく時期は必要だし、もがいてもがいて、のたうち回って見つけた先の道だからこそ、自分の軸や信念が見つかり、肚(ハラ)が決まるわけです。
信じて、見守り続けることが最大の応援
私は、”そっと見守る”ということが苦手です。
何かできることはないだろうか?何か力になれることはないだろうか?こうした方が良くなりそう!!…頼まれてもいないのに、頭が勝手に動きます。
自分にあまり関係なくて、よく知らないことほど、首をつっこみたくなります。外野からやいやい言いたいのが、人の性なのかもしれません。
相手のためにやっていることの多くは、結局、自分の欲求のためなのかもしれません。
このブログを始めたとき、SNSに初めて投稿したとき、友達に初めて読んでもらったとき、その度に、温かい言葉や励ましの言葉をたくさんいただきました。
今よりも全然書けない頃から、誰も否定する人はいなくて、私の良いところを見つけて、褒めてくれる人ばかりでした。その言葉は、少しずつ自分の自信になり、もっと上手くなりたい!と前身する力になりました。
自分のやりたいことに対して自信が持てたから、周りにどんどん話せるようになり、やりたいことをアピールできるようになりました。今は、私より私を宣伝してくれる人がたくさんいて、感謝してもしきれません。
周りが何と言おうと、自分の力は自分がいちばん、痛いくらいに分かっています。何が足りないかも、頭では分かっています。
だから、助言なんて必要なかったのです。
そんなこと分かってるよ…お節介ばあさんです。
「人は変えられないんだよ」
尊敬する方に言われた一言が、胸に刺さりました…。
今は変わる必要がないと思っている本人と、変えたい私。思いが伝わらなくて、変わってくれなくて、勝手に苦しんでいる私。出口のない迷路ですね。
信じて、見守って、
ボロボロになって倒れそうなときに、そっと毛布をかけてあげられるような人でありたい。